マンガの歴史④明治~戦中編

江戸時代に日本のマンガ文化が形成されたといえますが、幕末を迎えて明治時代に入ると西洋の文化も入り様々な要素が含まれたマンガ作品が誕生しています。 最大の特徴は風刺マンガが多数見られるようになったことであり、日本国内の政治情勢や海外の状況など風刺した作品が増えてきました。 また江戸時代までとは違いよりマンガ家という職業が明確になり、掲載する雑誌も生まれています。

よりマンガが親しみやすい状況になる

江戸時代も庶民がマンガに触れやすい状況が作られていましたが、明治時代以降はマンガ雑誌の登場により比較的気軽に作品を読むことが可能になりました。 印刷技術の発展や雑誌の登場、さらにマンガ家の数が増加し、子供にとっても大人にとってもより身近な存在となりました。 今もマンガは活字以上に気軽に読みやすいものですが、明治~戦中にかけても同様でした。

明治時代になり西洋の文化が一気に入り始めるとマンガ作品の中にも欧米色の強い内容が組み込まれはじめました。 それによって日本人は海外のことを知ることができましたし、同時に風刺マンガも増加してきたので国内外の情勢を活字ではなくマンガで学ぶというケースすらありました。 このような状況ですから自然とマンガの親しみやすさは増して、そして岡本一郎によるマンガ作品がストーリーマンガを転載し始め、マンガ=短編という常識が良い意味で崩されました。

もちろんすぐ読めて完結する4コママンガは新聞などでも掲載されていたのでメジャー化していますが、正チャンの冒険が吹き出しの先駆け的存在として注目され始めます。 非常に独特で愛らしさも感じられるキャラクターが自慢ののらくろは、単純に物語を進めるだけではなくキャラクター人気を確立するという偉業も完成しています。

戦中のマンガの状況

日本は徐々に戦争に向かっていき、ついには風刺マンガなどを作成しているマンガ家の活動が制限されるようになります。 本格的に大戦が始まるとマンガ雑誌の発行が中止され、あらゆる場所においてマンガを見ることができなくなりました。マンガは日本人にとって最大級の娯楽だったため国民は楽しみを奪われたような気持ちになっていたようです。 大戦が起こっている間はこういった状況が続き、江戸時代から続く庶民にとっての癒しが失われました。

おわりに

江戸時代から明治時代になり、西洋文化を取り入れることによりマンガも少し違った雰囲気を醸し出し始めました。 庶民にとって最大の娯楽ともなったマンガ家ですが、戦争に突入するにつれて一部が制限され、遂には雑誌や新聞でもマンガ作品を目にすることができなくなってしまいました。次回は、マンガの歴史戦後編です!

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